まだ食べられるのに 〜ゴミ収集車から見た「もったいない」の話〜

建設・現場仕事の話

ゴミ収集の話を続ける。今回は文句ではなく、「もったいない」という話をしたい。

毎日ゴミを集めていると、世の中が何を捨てているかが丸見えになる。そして正直に言うと、捨てられているものの多くは、まだ使えるものである。

賞味期限、まだまだ残ってますけど~

即席麺

一番よく見るのが食品だ。

レトルト食品、カップ麺、袋麺、スパゲッティ、カレー。しかも賞味期限がまだしっかり残っているものが、大量に出ていることがある。ひとつふたつではない。袋いっぱいである。

米をそのまま、手つかずの袋ごと出している人もいる。開けてすらいない。

缶の収集日に、中身が入ったままの飲み物が出ていることもある。一口も口をつけていないやつだ。

正直に思う。みなさん、お金持ちなんですね、と。

靴も服も布団も、新品のまま

食品だけではない。

靴が箱から出されないまま、ゴミ袋に入れて出されていることがある。あれは何なんだろうと今でも思う。履いてすらいないのだ。

服も布団も同じで、新品のまま出ているものを見かける。もう何でもありである。出し方も中身も、こちらの想像のそのまた上を超えてくる。

食品はまだわかる。賞味期限が近ければ、捨てる選択もあるだろう。だが靴や服が、なぜ箱に入ったまま捨てられるのか。これだけは何年やってもわからない。

貧しくなったと言うけれど

世の中では「格差が」「生活が苦しい」という話をよく聞く。

だが収集車から見える景色は、それとは少し違う。やっぱり、飽食の時代なんだと思う。苦しいと言いながら、まだ食べられるものが毎週これだけ捨てられている。

作った人に失礼やろ、と思ってしまう。特に食べ物はそうだ。

こちらは仕事なので、もったいないなと思いながら、結局は放り込む。それが仕事だからだ。だが心の中では毎回思っている。買うたもんくらい、自分で食べて。それだけで、財布にも環境にも優しいはずである。

ゴミには季節がある

もう少し柔らかい話もしておく。

面白いもので、出てくるゴミには季節がある。

夏はスイカだ。それも丸ごと出てくる。冬は柑橘系、みかんが増える。芋の類が増える時期もあって、あれはたぶん、どこかの畑で作っている人からもらってくるのだろう。春は……正直、覚えていない。何かあったような気はする。ただ、スイカ・みかん・りんごなどは大量に出るとほぼ飛翔物とになり我々に襲いかかってくる。掘り込んだだら最後、そばには近づけないのである!

季節の野菜が丸ごと出てくる理由も、だいたい想像がつく。おすそ分けである。

畑をやっている人が、近所や親戚に配る。もらった方は嬉しい。だが、あちこちからもらうと処理しきれない。結果、キャベツやレタスが丸ごと出てくることになる。

もらった人に悪気はないのだ。食べきれなかっただけである。それでも、丸ごとのキャベツを放り込む時は、やっぱりもったいないなと思う。

ぬいぐるみだけは、しんどい

ぬいぐるみマスコット

ひとつだけ、毎回こたえるものがある。

人形やぬいぐるみだ。

収集車の後ろの回転板(パッカー)に巻き込まれていく姿を見ると、なぜか少し悲しい気持ちになる。物には違いない。ゴミにも間違いがない。しかしそれでも、あれだけは何回見ても慣れない。いや慣れたくないのだろう。多分・・・

誰かがずっと抱いて寝ていたのかもしれん、それなりの歴史があったのだと思うと・・・などと考えてしまうからだろう。偏屈者にも、そういう人の痛み的なところはあるのだ。


引っ越しシーズンだけは、別格である

季節の話をもうひとつ。3月から4月にかけての引っ越しシーズンは、ゴミの量も中身もまったく別物になる。

家電、家具、まだ使えそうな食器。段ボールに入ったままの新品らしきものまで出てくる。引っ越しで持っていくには荷物になりすぎる、というのは分かる。分かるが、量が量なので、この時期だけは収集車もいつもより多く回ることになる。

中には、資源ごみの日でもないのに大量の本や雑誌が紐で縛られて出ていることもある。読み終わったのか、それとも新生活に向けて処分したのか。理由までは分からないが、この時期の集積所を見れば、その街でどれだけ人の出入りがあったかがだいたい分かる。

高いものと、安いものは、意外と似ている

もうひとつ、収集していて気づいたことがある。高そうなものと、明らかに安物のものが、捨てられ方としてはそんなに変わらないということだ。

ブランド物の紙袋に入った服も、量販店のビニール袋に入った服も、同じように束ねられて出てくる。値段の差は、買った時にはあったのだろうが、ゴミになった瞬間にその差はほぼ消える。

これは何かの教訓というわけではない。ただ、毎日ゴミを見ていると、そういう当たり前のことに気づかされる瞬間がある。物の価値というのは、案外あっけなく終わるもののようだ。

最後に、一度だけ見たやつ

散々もったいない話をしてきたが、最後にひとつだけ、まったく別の感想を持ったものを書いておく。

ただの一度だけ、ドリアンが出ていたことがある。

さすがにこれはやばいと思って、大急ぎで奥の方に放り込んだ。

もったいない、とは一ミリも思わなかった。すまん、あれだけは食べてくれとも言われへんわ。ってかなんで買ったん?

今日の一句

   ぬいぐるみ 最後の手には 哀愁が

                         ではまた!

ゴミ収集シリーズ

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※この記事は個人の体験にもとづくもので、収集のルールや運用は自治体によって異なります。

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