新隊員は、まず靴磨きから始まる 〜入隊6か月と、駐屯地の一日〜

自衛隊時代の話

自衛隊に入ってから一人前扱いされるまでに、何をやらされるのか。そして、その後の毎日はどう流れていくのか。

今回はその話を、順を追って書いていく。入った瞬間から書くので、少し長くなる。

まず「◯月隊員」と呼ばれる

入隊試験に受かると、入隊した月によって「◯月隊員」と呼ばれるようになる。4月に入れば4月隊員である。この呼び名は、その後もずっと付いて回る。

そして最初の6か月が教育訓練期間だ。ここで基礎から叩き込まれる。前期と後期で3か月ずつに分かれている。

前期の3か月は基礎教練。

  • 行進、敬礼などの基本動作
  • 銃の分解、組み立て、扱い方
  • 自衛隊といえばこれ、匍匐前進(実は1~3まで3種類があるのだ)

訓練の終盤には、仮想敵の弾を避けながら陣地を移動する戦闘訓練も入ってくる。(時間が来るまで永遠にやらされる)

後期の3か月は専門職の訓練である。

個人の希望と適性を見て、普通科、橋梁、特科(大砲の部隊)、偵察、施設、通信、衛生といった科(後は忘れた)に振り分けられる。特に偵察などはみんなの憧れである。ここからは完全に分業なので、正直、他の科が何をやっているのかはよく分からない。

配属されて、そこからが本番だった

6か月の教育が終わると、いよいよ一般中隊への配属である。

そして、ここからが本当の自衛隊生活の始まりだった。教育期間はまだ「教わる立場」だったが、配属先では違う。いきなり一番下の人間になる。

自衛隊で最初に叩き込まれるのが階級絶対主義である。年齢も性別も関係ない。上官が白と言えば白、黒と言えば黒。

そして配属したての新兵、いわゆるぺーぺーに与えられる最初の仕事がこれだ。

靴
  • 班長の靴磨き(人が履いた靴の中に手を入れて磨くのだ!)
  • 先輩隊員の銃の手入れ(銃口に砂などが入っている時もしばしばあり!)
  • 先輩へのお茶出し(ぬるいと入れ直させれれる!)

これが新兵の洗礼である。理不尽に思えるかもしれないが、**全員がこの道を通ってきている。**先輩も、その先輩も、みんな最初は靴を磨いていたしコーヒー係であつた。

ベッドの位置にも序列がある

宿舎は8人部屋だった。そして、どこで寝るかにもきっちり序列がある。

ベッド誰が使うか
シングルベッド × 4先輩隊員(士長)
二段ベッドの上 × 2新兵(ぺーぺー)二等兵
二段ベッドの下 × 2先輩隊員(一等兵)

新兵は上の段である。次の新兵が入ってくるまで、この序列は変わらない。上でゴソゴソしようものなら下から容赦のないライダーキックが・・・

ベッド

そしてもうひとつ、配属されたときに面白いものを渡される。

トイレットペーパーを丸ごと1個。

「これがお前の今月分!」と言って渡されるのだ。要するに、トイレに紙は置いていない。自分で管理しろということである。

計算すると、1日あたり1メートル以内だそうだ。「こんなんで足りる訳ないやろ!」ってね、いかついでしょう。

正直に言えば、限りなくタコ部屋に近い環境だったのだが、衣・食・住がタダなので文句が言えません。

朝はラッパで叩き起こされる

さて、ここから毎日の流れである。

**起床は朝6時。**目覚まし時計なんてものはない。ラッパの音で強制起床である。

余談だが、このラッパを吹く側にも専門の教育課程があるらしい。受かるまでひたすら練習させられると聞いた。教育期間が終わる頃にはあくまでも噂だがクチビルが倍になるらしい。私は行っていないので詳しくは知らない。

6時に起きてから8時の業務開始までに、朝食と身支度を済ませる。食事は食堂で、決まった時間に食べるスタイルだ。

不思議なもので、**毎日同じリズムで生活していると、その時間が近づくと勝手に腹が減ってくる。**体が完全にプログラムされていた。

午前と午後の業務

8時に朝礼があり、そこから午前の業務が始まる。仕事は大きく2種類に分かれていた。

一般業務は、鉄条網の点検や補修、用具の整備など。班ごとの業務は、所属する班の専門作業である。

私は車両班にいた。車の運転や整備が主な仕事である。自衛隊では車検も隊内で取れるので、その準備作業もある。なにせ塗装も行うのである!なんと全国の自衛隊車両の殆どは自分たちで色を塗っていたのだ。台数もそこそこあるので、なかなか忙しかった。

昼食を挟んで、休憩は1時間。束の間のリラックスタイムである。

13時から午後の業務が再開する。基本的には午前と同じ流れだが、業務の中に学校でいう体育の授業みたいな時間が入ることもあった。

小隊単位で駐屯地内を走ることもあれば、たまにソフトボールやサッカーをやることも。殺伐とした訓練ばかりではないのである。スポーツといえどもテクニックや技術などもなくほぼ最後は力まかせにはなるのだが・・・

17時に終礼。一日の業務が終わる。

そこから夕食だが、**食堂は18時半頃には閉まる。**のんびりしていると食いっぱぐれる。これは地味に重要な情報である。

夜の自由時間で、差がはっきり出る

夕食の後は基本的に自由時間だ。

そして、この時間の使い方で人によって差がはっきり出た。

大きく分けて2種類である。鍛える派と、本当に何もしない派。

私は鍛える派だった。18時頃に夕食を済ませて、18時半から駐屯地を一周走る。そこからロードワーク、腹筋、背筋、スクワット、ロープを使った運動。

やらない人は本当に何もやらない。それも自由なので構わないのだが、差は確実に出る。

おかげで、入隊時はぽっちゃり体型だった私も、一般部隊に来る頃にはすっかり細マッチョになっていた。あれは今から思えば人生で一番いい体やったな。

演習で受けた、本当の洗礼

普段の訓練は、教育期間に比べれば楽になる。だが年に数回の演習だけは、とにかくきつい。

特に新兵の間は「見張り(門番)」という仕事が回ってくる。

夜間の見張りでは、敵と味方を判別するために「合言葉」を使う。ところが、先輩隊員のいたずらがひどかった。

  • わざと違う合言葉を言ってきて、返答に困らせる
  • 突然後ろから銃を突きつけて「手を上げろ!」→ そのまま30分間、万歳させられる

寝不足の夜中に30分万歳である。今思えば笑い話だが、当時は必死だった。

そして一番きつかったのが、ほぼ寝ていない状態で仮想敵の陣地に突撃をかける訓練である。銃を構えたまま、何キロも走り続ける。

あれは、若かったからできたとしか言いようがない。今やれと言われたら三分でひっくり返る。

あの6か月と、あのリズム

こうして書き出してみると、ずいぶん理不尽なことばかりやらされている。靴磨き、上段のベッド、トイレットペーパー1個、夜中の万歳。

だが不思議なもので、**今でも決まった時間になると腹が減る。**朝も勝手に目が覚める。あの頃に体に刻まれたリズムは、40年経ってもまだ残っているらしい。

理不尽の中に放り込まれて、それでも毎日同じ時間に起きて、同じ時間に飯を食う。あの生活が今の私の体を作ったのは、間違いない。

今はコンプライアンスの関係もあって、多少はゆるくなっているかもしれない。それはいいことだと思う。ただ、縦社会の本質そのものは、たぶんそんなに変わっていないはずである。ま~個人的な意見としては必要悪は決して不必要じゃないのではなかろうかなと思う。

今日の一句

 正確ね 体内時計 今日もまた

                        ではまた!


※この記事は昭和末期の勤務経験にもとづく個人の回想です。現在の教育制度・生活環境とは異なる場合があります。

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