意外かもしれないが、私が自衛隊に入ったきっかけは「一冊の本」だった

建設会社時代のシリーズを書き終えてから、次は何を書こうかと考えていた。せっかくなので今日は「なぜ私が自衛隊に入ったのか」という、そもそもの話を書いてみようと思う。

自衛隊入隊の動機として、よく挙げられる理由がある。免許が取れる。退職金が出る。体が鍛えられる。衣食住がついていて、貯金もできる。私自身もこういう現実的な理由は確かに考えていた。だが、正直に告白すると 一番のきっかけは、一冊の本だった

「傭兵養成部隊」を描いたドキュメンタリー本

その本のタイトルは、正確にはもう覚えていない。確か1980年代に出た本で、内容は「ある山中にある傭兵養成部隊の門を、著者が体験入隊で叩く」というドキュメンタリーだった。

スカイダイビング、山岳戦闘、市街地戦、サバイバル訓練——プロの傭兵を世に送り出すための、極めて実戦的な訓練の数々。著者はそこに数週間から数ヶ月、実際に身を投じてその全貌をレポートする、という構成の本だったと思う。

私はこの本を、若い頃に夢中で読んだ。何度も読み返した。そして読み終わった時、当時20代前半だった私の頭には、こんな考えが浮かんでいた。

「俺、もしかしたら戦争に行きたいのかもしれない」

今こうして書き起こしてみると、頭のおかしな青年だったなと思う。実際に戦争を体験した先輩たちに聞かせたら、間違いなく「バカを言うな」と一喝されたはずだ。だがあの頃の私にとって、その本が描く世界は圧倒的にリアルで、圧倒的に魅力的だった。

「日本で、戦闘技術を学べる場所はどこか」——そう考えて真っ先に思いついたのが、自衛隊だった。傭兵にはなれないが、自衛官にはなれる。似たようなことは学べるだろう。それが、私の入隊の一番のきっかけである。

もちろん、現実的な理由もあった

とはいえ、若気の至りだけで人生を決めたわけではない。冒頭に挙げた現実的な理由も、ちゃんと考えていた。

免許が取れる。これは大きかった。大型自動車、けん引、危険物、クレーン——民間で取ろうとすれば何十万円もかかるものが、自衛隊なら公務の一環として取らせてもらえる。これは後の建設会社時代に、想像以上に役立つことになる。

退職金も出る。体は鍛えられる。衣食住はついている。給料からは天引きも少ないので、貯金もそれなりに貯まる。若くて手に職のない自分にとって、これほど条件のいい職場は他になかった。

だが繰り返しになるが、これらは「理由」ではあっても「きっかけ」ではない。人を動かすのはいつも、こういう現実的な計算ではなく、もっと非合理的な情熱だと思う。私の場合、それが一冊の本だった、というだけの話である。

入隊後も、私はずっと本を読んでいた

ここまで書いておいて、少し意外に思われるかもしれないが——私は昔から、とにかく本が好きだった。

学生時代、私は正直に言うと勉強はあまり得意ではなかった。学力にも自信がなかった。だから「賢くなる方法」を考えた時、真っ先に思いついたのが「本を読むこと」だった。教科書は苦手だったが、小説なら読める。読めるだけ読んで、少しでも頭を良くしようと考えていた。

この習慣は、自衛隊に入ってからも続いた。体を鍛える職場に入っても、暇があれば本を開く。同期からは「マサキ、また本読んでるのか」とよく呆れられた。だが、これがやめられなかった。

演習にまで単行本を持ち込んだ男

私の読書癖は、自衛隊内でもちょっとした「名物」になっていた。

というのも、私は演習にまで単行本を持ち込んでいたのである。「何しに演習に行ってるんだ」と思われるかもしれないが、演習中というのは意外と待機時間が長い。宿舎に泊まる日もあるし、次の任務が来るまでずっと待機、という状況も少なくない。テレビもラジオもない環境で、何もせず時間を潰すのは苦痛である。だから私は、こっそり本を持ち込んで読んでいた。

すると、周りの隊員が寄ってくる。

「マサキ、何読んでるんだ?」
「これ、面白そうだな。俺にも見せろよ」

ある演習では、気づいたら中隊のほぼ全員が私の持ち込んだ本を回し読みしている、という状況になった。それに気づいた中隊長が、こう言ったのを今でも覚えている。

「ここの中隊は『読書中隊』か」

皮肉半分、呆れ半分の言葉である。もちろん犯人は私だ。だが誰も咎めなかった。あの頃の自衛隊には、そういうおおらかさがまだ残っていたのだと思う。

夢枕獏、菊地秀行、赤川次郎——80年代エンタメ小説の黄金期

当時、私が好んで読んでいた作家について書いておこうと思う。同世代の方には、懐かしく思い出してもらえるかもしれない。

一番好きだったのは夢枕獏である。「餓狼伝」シリーズ、「キマイラ」シリーズ——あの独特の緊張感と、格闘描写の凄まじさに私は完全にハマった。特に「キマイラ」は、少し不思議な世界観と、人間の身体能力の極限を追い求める男たちの物語で、何度も繰り返し読んだ。

次に好きだったのが菊地秀行。「魔界都市〈新宿〉」シリーズをはじめ、SF、伝奇、ホラーが混ざり合った独特の世界観の作品を大量に読んだ。あの荒唐無稽なのに妙にリアルな空気感は、菊地作品でしか味わえない。

そして赤川次郎。こちらは軽妙なミステリで、肩の力を抜いて読める作家だった。「三姉妹探偵団」シリーズだったか、他にもいろいろ読んだ記憶がある。細かい内容は忘れてしまったが、あの読みやすさは今でも印象に残っている。

共通しているのは、どこか「夢のような世界」を描く作家だったということかもしれない。現実離れした、しかし妙にリアルな別世界。そういう作品に、当時の私は強く惹かれていた。傭兵養成部隊のドキュメンタリー本に惹かれたのも、同じ心の動きだったのかもしれない。

情報が「貴重」だった時代の話

当時のことを思い出して、今の若い人に伝えたいことがある。あの時代、情報というものは今と比べ物にならないほど貴重だった

スマホはない。インターネットもない。パソコン通信すらまだ普及していない。情報を得る手段は、テレビ、ラジオ、新聞、そして雑誌——それだけだった。何か知りたいことがあっても、すぐに調べられない。誰かに聞くか、本を買うか、図書館に行くかしかない。

そんな時代の中で、私は週刊誌を情報源としてよく読んでいた。今でこそネットで何でも読めるが、当時は週刊誌に載っている記事が「最新の情報」だった。世の中で何が起きているか、どんな事件があったか、どんな流行があるか——それを知るのに、週刊誌はとても便利なメディアだった。

今から思えば信じられない話だが、あの頃の私たちは「情報は自分から取りに行くもの」という感覚を持っていた。今は逆に、情報の方から押し寄せてくる。どちらが幸せなのか、私にはよく分からない。

今はKindleで読んでいる

あれから何十年も経った今、私も歳を取った。老眼が進んで、細かい文字を追うのがだんだん辛くなってきた。昔のように寝る前に何時間も本を読む、ということはもうできない。少し読むと眠くなってしまう。

だから最近は、もっぱらKindleで読んでいる。スマホかタブレットで、文字の大きさを自由に変えられるのが本当にありがたい。老眼の私にはもってこいの読書スタイルである。紙の本のように場所も取らないし、何冊も持ち歩ける。

読みたい本は、まだまだたくさんある。読める時間が減ってきたのは残念だが、それでも本を読むという習慣は、若い頃と変わらず私の中に残っている。

あの一冊が、私の人生を変えた

振り返ってみると、私の人生の節目には、いつも本があったように思う。自衛隊に入ったきっかけも一冊の本だった。入隊後も本を読み続けた。除隊してからも、そして今も、本と離れることはない。

あの傭兵養成部隊のドキュメンタリー本のタイトルは、もう思い出せない。だがあの本を若い頃に読んでいなければ、私はきっと自衛隊には入っていなかった。そして自衛隊に入っていなければ、その後の建設会社での仕事も、免許を活かした様々な経験も、全部なかったことになる。

本というのは、時に人生の進路を変える力を持っている。私にとってあの一冊は、まさにそういう本だった。今でも本屋で古い本のコーナーを見ると、あの本にもう一度出会えないかと、つい探してしまう。

それではまた、次回。

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