腹筋10回では続かない|自衛隊の教官に教わった習慣化のコツ

「今日から毎日、腹筋を10回やるぞ」

そう決意して、三日で終わった経験はないだろうか。私は何度もある。そして世の中の大半の人も、同じところでつまずいているはずだ。だからこそ「三日坊主」という言葉が、これほど長く使われ続けている。

だが私は、自衛隊時代にある教官から教わった方法によって、この三日坊主から抜け出すことができた。体を鍛えることだけではない。除隊して何十年も経った今、勉強を続けるためにも同じ方法を使っている。

今回は、その方法について書いておきたい。

三日坊主は「意志が弱いから」ではない

最初にはっきりさせておきたいことがある。続かないのは、意志が弱いからではない。目標の立て方が間違っているだけである。

人間というのは、どうやらそういうふうにできているらしい。「毎日10回」と決めた瞬間に、それは義務になる。義務になったものは、体調の悪い日、疲れて帰ってきた日、気分の乗らない日に、あっさり破られる。そして一度破ると「ああ、やっぱり自分はダメだ」となって、二度と戻ってこない。

腹筋も、腕立ても、散歩も、勉強も、構造は全部同じである。目標を高く設定した人から順に脱落していく。

その教官のこと

私にこの話をしてくれたのは、当時の教官の一人だった。

角刈りで、切れ長の目をした、きりっとした印象の人である。体つきは今でいう細マッチョ。決して筋肉隆々というわけではないのだが、サーキットトレーニングを10分続けても平然としているような人だった。

持久走の選手でもあったのだが、この人は練習方法まで独特だった。持久走の選手といえば、普通は駐屯地の周回コースをひたすら走る。ところがこの教官だけは、100メートルを全力で走っては短く休み、また100メートル走っては短く休む、という練習を繰り返していた。今でいうインターバル走である。当時の私にはその意味がよく分からなかった。

とにかく研究熱心な人だった。気づいたことがあると、何でもメモを取っていたのを覚えている。

ちなみに私はこの教官から、しょっちゅう「お前は足が遅いからな」と言われていた。「ほっといてください」と返していたが、まあ事実なので反論のしようもなかった。

教わった方法は「バカバカしいほど小さくする」

その教官に言われたのは、こういうことだった。

腹筋を毎日やろうと決めたとする。そのとき「10回やる」と決めてはいけない。決めるのは、こうである。

   「マットを敷いて、その上に座る。それだけでいい。」

一日目は、マットを敷いて座る。それで終わりでいい。二日目も、マットを敷いて座る。それで終わりでいい。三日目も同じである。

懸垂ならば「鉄棒を握って10回」ではなく、「今日は鉄棒にぶら下がって終わり」でいい。もっと言えば、鉄棒を見に行っただけでもいい。

バカバカしいと思うだろうか。私も最初はそう思った。だがこの「バカバカしいほど簡単」という点こそが、この方法の核心なのである。

なぜこれで続くのか

簡単すぎる目標には、破りようがない。

どれだけ疲れていても、マットを敷いて座ることはできる。気分が乗らなくても、鉄棒を見に行くことはできる。だから「今日はできなかった」という日が発生しない。そして「できなかった日」がなければ、挫折も発生しない。

これを毎日続けていると、面白いことが起こる。人間というのは、繰り返しているうちに、やらないほうが気持ち悪くなってくるらしいのだ。

マットを敷いて座ったなら、どうせなら少しやってみるか、となる。鉄棒を見に行ったなら、せっかくだから一回ぶら下がってみるか、となる。そうやって、自然に量が増えていく。増やそうと意識しなくても増えていく。

そして最終的には、やらないと気が済まないところまで来る。習慣というのは、そこまで来てはじめて習慣である。

除隊してからのほうが役に立っている

私はもともと、体を鍛えるために自衛隊に入ったようなところがある。だからこの話は、当時の私にとって非常にありがたい教えだった。

だが本当に効いてきたのは、むしろ除隊してからである。

今の私は、ある勉強を続けている。これがなかなか続かない。「勉強せなあかん」という意識があるからこそ、かえって腰が重くなる。よくある話だと思う。

そういうとき、あの教官の言葉を思い出す。そして目標を、バカバカしいほど小さく設定し直す。テキストを開くだけでいい。机に座るだけでいい。そうすると不思議なもので、また続くようになっていくのである。

還暦を過ぎて、脳のシワもだいぶツルツルになってきた。それでもこの方法だけは、体に染みついて離れない。

三日坊主で悩んでいる人へ

もし今、何かを続けたいと思っていて、しかし三日で終わってしまうという人がいるなら、一度だけ試してみてほしい。

目標を、笑ってしまうくらい小さくする。「これなら絶対にできる」ではなく「これはさすがに簡単すぎるだろう」というレベルまで下げる。

それだけで、少なくとも私の三日坊主はなくなった。世の中から三日坊主という言葉がなくなることはないだろうが、自分一人が抜け出すことはできる。

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