前回の記事で「死ぬ前に何をしたいかと聞かれたら、私はタバコを一本吸いたい」と書いた。あれは今でも本心である。ただ、そう言いながらも私はタバコも酒もやめている。今日はその「やめたきっかけ」と、「やめてみて実際どうだったか」を正直に書いていこうと思う。
まず順番の話をしておくと、私はタバコを先にやめた。酒はその後である。世間的には酒の方がやめやすいと言われるが、私の場合は生活環境の変化でタバコから追い詰められていった、というのが正直なところだ。
吸える場所がどんどん減っていった
タバコをやめた一番大きな理由は、正直に言えば「吸える場所がなくなっていったこと」だと思う。健康のためとか、家族のためとか、そういう立派な理由が先にあったわけではない。
子供が小さかった頃、保育園の送り迎えをすることがよくあった。そこで気づいたのだが、他のお父さん達はほとんど誰もタバコを吸っていなかった。なぜかは分からないが、事実としてそうだった。子供の前で吸うわけにもいかず、家の中も当然禁煙、いわゆる「ホタル族」としてベランダや玄関先で吸うしかなかった。
百貨店やスーパーに行っても喫煙所は隅の小さな一角に追いやられ、探すのも面倒くさい。「もう面倒くさいな」と思いながら、それでもやめられずにダラダラと吸い続けていた。私は生まれてこの方、およそ30年間タバコを吸ってきた人間である。そう簡単に踏ん切りがつくものではない。
喫煙所コミュニケーションという「意外な良さ」
ここで少し擁護しておくと、タバコには「喫煙所コミュニケーション」という意外な効用があった。会社でも外出先でも、喫煙所で顔を合わせた者同士は不思議と打ち解けやすい。普段話さないような人と、灰皿の前でだけ雑談する。あの独特の空気は、吸っていた人間にしか分からないと思う。
だからタバコをやめる決断は、単に健康問題だけでなく、そういう小さな人間関係を一つ手放すことでもあった。
決め手は結局「お金」だった
ではなぜ最終的にやめたのか。体に悪いから、というのももちろんある。ただ、私にとって一番の決め手は身も蓋もない話で「お金」だった。
タバコの値段の半分以上は税金である。一箱買うたびに、私は国にお金を吸われていた。「これをやめれば、他のことにお金を回せるじゃないか」——そう思い至った時、ようやくやめる気になった。単純な理由だが、健康云々よりもこっちの方が私には効いた。
酒をやめたのは痛風がきっかけ
次に酒である。正直に言うと、酒は今でも大好きだ。もし腎臓の数値が良好で、痛風にもならなかったら、私は間違いなく今でも飲み続けていたと思う。
酒はうまい。ちょっとしたストレス解消にもなる。一日の終わりに一杯やる、あの時間は本当に良かった。ただ、痛風のあの激痛を一度でも経験した人間なら分かると思うが、あれはもう二度と味わいたくない。
それに加えて、最近よく聞くのが「酒は脳を萎縮させる」という話だ。科学的にどこまで正しいのかは私にはよく分からないが、脳が縮むというのは正直嫌だ。ボケたくはない。ボケとツッコミのボケなら大歓迎だが、そっちのボケは勘弁である。
【本音】やめても、人生そんなに変わらなかった
さて、ここからが本題である。酒もタバコもやめて、私の人生が劇的に良くなったかというと——残念ながら、ほとんど変わっていない。
タバコを買うお金は浮いたが、結局その分は別のことに使っている。嫌なことがあるとタバコが一本欲しくなるが、それをやめたらやめたで別のストレスが溜まる。元も子もない話をしてしまうが、酒やタバコをやめることが逆にストレスになるのなら、無理してやめない方がいいと私は思う。
医学的な話で言えば、「タバコと肺癌は言われているほど強い相関がない」という説もあるらしい。本当のところは私には分からない。ただ、健康ブログを書いておきながらこんなことを言うのもなんだが、「やめれば全てが変わる」みたいな話は、少なくとも私の体感とは違う。
「タバコをやめるとご飯がおいしくなって太る」というのもよく聞くが、あれも最初の一年くらいの話だと思う。確かに最初はご飯がうまく感じた。だが、それもすぐ慣れる。
やめるのが難しいのは、断然タバコ
酒とタバコ、どちらをやめるのが難しいかと聞かれたら、私は迷わずタバコと答える。酒は「痛風になったから」という強烈な理由があれば意外とすっぱりやめられる。だがタバコにはそういう分かりやすい「痛み」が来ないぶん、ズルズル続いてしまう。
私は運良く自力でやめられたが、これは正直、あまりお勧めできる方法ではない。世の中には禁煙外来という選択肢があるので、本気でやめたい人はそちらに行くのが賢明だと思う。データ的にも、禁煙外来を利用した人の60〜70%はやめられるらしい。
逆に言えば、禁煙外来に行ってもやめられなかった人は、もう諦めた方がいいのかもしれない。それほどタバコが好きだということだ。そういう人が無理にやめると、今度はストレスで別の病気になりかねない。
今でも見る「タバコの夢」
タバコをやめて何年も経つが、実は今でも定期的にタバコの夢を見る。もう何十回見たか分からない。
夢の中の私は、なぜかタバコに火をつけようとしている。心の奥では「いや、やめたはずだろう」と分かっている自分もいる。でも最終的には「まあいいか」と火をつける——その瞬間に目が覚める。
この夢を見るたびに、正直しんどくなる。30年吸ってきたものを、体はそう簡単に忘れてくれないのだと思う。前回の記事で「死ぬ前に一本吸いたい」と書いたのは、こういう感覚があるからだ。頭でやめても、体と記憶はずっとタバコを覚えている。
唯一変わったこと:太らなくなった
ここまで「変わらない、変わらない」と書いてきたが、酒をやめて一つだけ確実に変わったことがある。それは「太らなくなった」ということだ。
ビールにしろ缶チューハイにしろ、私はカロリー表示なんてほとんど見たことがなかった。見ても「へえ」程度である。だが、やめてみて分かった。あれはやはりそれなりのカロリーだったのだ。
体重が勝手に増えていくということが、酒をやめてからほぼなくなった。これだけは、はっきりと良かったと言える変化である。
それでも、死ぬ前には一本吸いたい
好き勝手に書き散らしてしまったが、これが酒とタバコをやめた私の正直な感想である。健康ブログとしてはあまり夢のない話かもしれない。「やめれば人生バラ色!」みたいなことは、少なくとも私には言えない。
ただ、痛風の激痛や脳萎縮のリスクを考えると、今のところやめて良かったとは思っている。タバコを買うお金を他に回せるのも、地味にありがたい。
それでも——前回の記事に書いた通り、もし「死ぬ前に何がしたい?」と聞かれたら、私はやっぱりタバコを一本吸いたいと答えると思う。30年連れ添った相棒との、最後の別れの一本。それくらいは、許してもらいたいものである。

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