自衛隊式・夏バテしない体の作り方 〜教官自家製のスタミナ錬成と塩茶漬けの夏〜

連日の猛暑である。テレビをつければ熱中症警戒アラートだの、こまめな水分補給だの、経口補水液だの。便利な時代になったものだ。

昭和の自衛隊には、そんなものは何ひとつなかった。あったのは根性と、教官の自家製トレーニングだけだ。今回はその話をしようと思う。ただの年寄りの思い出話で終わらせるつもりはない。60を過ぎた今でもゴミ収集車に乗って真夏の現場で働けているのは、あの頃の貯金のおかげだと本気で思っているからだ。

教官の自家製サーキットトレーニング

今でこそ科学的なトレーニング理論が当たり前だが、俺たちの頃はそんなものはない。はっきり言って、教官が自分で考え出した自家製のメニューである。

一番やらされたのはこれだ。

  1. まず二、三百メートル走る
  2. 走り終わったら腕立て十回
  3. 腹筋十回
  4. スクワット十回
  5. これをまた最初から

これを三セットか四セットか、とにかく繰り返す。正直な話、何セットやったかはもう覚えていない。覚えているのは、しんどかったことだけだ。

後になって知ったが、これは今でいう「サーキットトレーニング」そのものである。走って心肺を追い込んだ状態で筋トレをやる。教官は理論なんか知らなかったはずだが、経験だけで正解にたどり着いていたわけだ。ただ走るだけよりも、確実にスタミナがついた実感がある。

地獄のジャンピングスクワット

一番しんどかったのは別メニューだ。銃を首の後ろ、肩の位置に担いだまま、ジャンピングスクワットをやる。

今、考えるだけでも嫌やわ。

しかも自衛隊特有のやり方がある。「もうダメだ、あと一回もできない」というところまで追い込まれてから、そこから二セットやるのだ。なんでやねん!と何回思ったかわからない。

だが、あれで足腰は間違いなく強くなった。60を過ぎた今でも一日中現場で動き回れるのは、あのジャンピングスクワットのおかげかなと思うこともある。思うだけで、感謝はしていない。

水分補給は「塩の袋」だった

今の時代はスポーツドリンクでも経口補水液でも、飲み物ならいくらでもある。当時はほとんど何もなかった。

ではどうしていたか。塩を袋に入れて持ち歩き、それを舐めながら水を飲む。これだけである。仕様がこれなのだから仕方がない。

だが馬鹿にしたものでもない。汗で失った塩分を補いながら水を飲む。やっていることは今の経口補水液と同じ理屈だ。ここでも昭和の自衛隊は、根性だけで科学に追いついていた。

真夏の最強メシは「塩茶漬け」

飯の話もしておく。真夏の食欲がない時期、どんぶり飯に塩をまぶして、お茶をかけて流し込む。これが一番サラサラ食べられて、夏バテには最高だった。

たまに梅干しが出る日がある。あれはほんまにうまかった。塩分とクエン酸と米。今思えば夏バテ対策として完璧な組み合わせである。ごちそうなんか何もない食卓だったが、あの塩茶漬けと梅干しの味は40年経っても覚えている。

どこでも寝る技術

もうひとつ、自衛隊で身についたのが「どこでも寝る」技術だ。昼の休憩になれば、地面だろうがどこだろうが、とにかく寝る。どんな場所でも寝る。

この癖は疲労回復には持ってこいで、今の仕事でも役立っている。最近は「パワーナップ」とか横文字で呼ばれて、昼の短い仮眠は科学的にも良いことになっているらしい。俺たちは40年前からやっていた。

今に活かすなら

さて、ここまで読んで「よし俺もやろう」と思った人がいたら、ちょっと待ってほしい。今の年齢で銃担ぎジャンピングスクワットなんかやったら、スタミナがつく前に体が壊れる。俺も絶対にやらない。

真似するならここだけでいい。

  • 軽く走ってから自重の筋トレを少し。サーキット形式は理にかなっている。回数は自分の年齢と相談すること
  • 水分と塩分はセットで摂る。今は経口補水液という便利なものがあるのだから、素直にそれを使えばいい
  • 食欲がない日は塩気のある茶漬けと梅干し。サラサラでも食わないよりずっといい
  • 昼に短く寝る。これは金もかからず今日からできる
  • 「限界から二セット」だけは真似禁止。あれは若い自衛官だからできたことだ

人は知らんけど、自分は夏バテ対策なんてこれで十分だと思っている。金のかかる健康法より、塩と飯と昼寝である。昭和の教官の自家製メニューは、案外正しかったのだ。


※この記事は個人の回想と体験談であり、医学的なアドバイスではありません。運動や塩分の摂り方は体調・持病により異なりますので、不安のある方は医師に相談してください。

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